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 特 集−石原慎太郎東京都知事との思い出−
文:ふじしろ耕一
広報かしわ会 vol.21 より抜粋
昭和43年正月、藤山邸にて撮影
写真左側から
藤代耕一氏
石原慎太郎氏

 昭和43年1月2日藤山愛一郎元外務大臣から、昭和43年7月に行われる参議院全国区に出馬予定の石原慎太郎さんを紹介され、「これからの日本の政治を改革する為に石原君のような若い力がどうしても必要だ。諸君は是非とも石原君当選の為に、全カ投球で頑張ってほしい」旨の挨拶があった。
 全国的に若者は「石原慎太郎の会」を作り、人数もどんどん増えた。私は神奈川県の事務局長に就任した。各県ごとに文化講演会を開催し、事前運動が始まった。横浜は、昭和43年4月14日スカイビル体育館で開催し、超満員で弟の裕次郎さんも参加して盛大に開催された。(慎太郎35才、裕次郎34才)
 選挙の結果は、300万余りの票を獲得し、第1位当選。
朝9時の第1回目のNHK開票速報で当確が出たほどであった。その後、全国的に石原さんの選挙に参加した若者達が中心となり「日本の新しい世代の会」を結成。会長は石原慎太郎、事務局長は飯島清、神奈川県の事務局長は藤代耕一でスタートし、様々な政治活動を展開した。昭和63年に赤坂ブリンプホテルで「日本の新しい世代の会」20周年祈念パーティーが開催され、当時の熊本県知事の細川護煕さんをはじめ、衆参国会議員、都道府県議会議員、市町村長をはじめ、昭和43年の選挙戦で頑張った人々が全国から集まった。

 その時、飯島清さんが石原さんに向かって「あなたの為に運動しようとする人々がこんなに沢山いるんだ。ヨットだなんだと言わずにもっとまじめに政治活動をしていたら、今頃は日本の総理候補だ。この様に沢山の政治家が誕生して居るのだから、今からでも頑張って総理を目指してほしい」旨の挨拶があった。しかしながらその5年後、政治生活25年目。国会で表彰を受ける直前に、誰にも相談しないで衆議院議員を辞職した。その間、平成8年には「藤代耕一市政研究会」主催の特別講師として「世界の中の日本」と題して講演をして頂いた。
 その石原さんが、平成11年4月の束京都知事選に急遽立候補し見事当選を果たした。「束京から日本を変える」のスローガンで頑張っている石原都知事に対して新党を結成し、これからの日本の舵取りを石原さんに任せたらどうかと者えているのは、全国民の期待感として満ちあふれている。
 私は、去る8月14日3時に都庁で石原都知事と面会した時に昔の話も出たが、特に話をした事柄は最近の自民党の野中広務元幹事長や、亀井静香元政調会長と頻繁にお会いになっているのは、「新党結成の相談をしているのではないか」と質問したら、ニヤッと笑って「これからの日本の舵取りはもっと若い人に任せたい」と言っていたが、これからの石原さんの発言や、行動には目がはなせないと私は強く思っている。


石原慎太郎東京都知事と2002年8月14日都庁にて
(上段、下段とも)

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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